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リレーエッセイ 小島伸之

最初は波乗りにはまらなかった。

オールバックで固め、硬派で通していた高校時代、クラスにサーファーカットが流行っていた。 同級生より波乗りの話を聞かれ、波乗りというものを初めて知った。

小島伸之

1983年からサイレント&デフサーフィン連盟、日本サーフィン連盟の役員を長年努めている。

1977年大学2年のとき、バイト先の先輩に七里ヶ浜へ連れてもらい、初めて波乗りをした。あの時はサーファーが少なく、海水浴客も少なかった。
サーフィンの面白さを味わい、サーフボードを手に入れたいと思うようになり、サーフショップを探し回った。 家の近くにあるエビンサーフショップへ毎日のように通っていた。エビンショップのオーナーはろう者に理解があり、優しかった。

サーフィンを始めたごろ

バイトで貯めた金でサーフボードを購入。ろう者の仲間が増えたのを機にエビンサイレントチームを作ったらと勧められ、設立した。当時は東京サイレントチームではなく、サージオンサイレント、デューンサイレントなど、ショップの名前とくっつけたサイレントチームがいくつかはあった。TheSurfショップに馴染んでいるサイレントメンバーと仲良くなり、伊豆、千葉、湘南へサーフしに行くようになった。

サミーサイレント時代

NECへ入社後、粕谷さんとサイレント組織と大会の情報を得ながら、散らばっているサイレントをまとめ、1984年、正式に東京サイレントに統一した。
あれから今までサイレント&デフに長く在籍しており、NSA(日本サーフィン連盟)と関わりを持つようになった。雨の中で大会後の後片付けをしない人が多かったため、立腹して役員を辞めると言ったのが印象に残っている。

耳川ポイントにて緒方啓夫と

NSA公認ジャッジA級まで資格を取得することができて、NSA主催の大会役員やジャッジに携わるようになり、おかげで色々な人たちと交流ができたことが嬉しかった。
ヌーサヘッドやキラでロングボードで長いライディングができたことと、吉佐美大浜で憧れの渡辺文好プロと海に出て、友だちになれたことが良い思い出。
NSA主催の大会運営などの経験を積めれば、サーフィンに対する姿勢が変わりますよ。

次回は日本サーフィン選手権大会に毎回、一緒に行くたびに仲良くなった小野新次さんです。