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リレーエッセイ 小野新次

2019/08/13

野球より面白いゎとハマった。

サーフィンを始めたばかりのごろ、サイレント大会はほとんど1コケだった。その悔しさをバネにレベルアップした。

小野新次

名古屋サイレント創立メンバー。
今は宮崎に在住し、サーフィンと酒飲みを楽しんでいる。

16歳の夏休みに宮崎の石波海岸へ出かけた。遥か向こうに幸島があって、黒い点々が見えた。
ん?あれは何だ?と兄に聞いたら、あれはサーフィンというんだと教えてもらった。サーフィンか、けっこう面白いだろうな〜やってみたいなと興味しんしんだった。
1年間バイトで金を貯め、念願のサーフボードを購入した兄と一緒に幸島で初めてサーフィンをした。いきなりサーフボードに乗れたことに驚き、そして夢中になった。でもあの時はまだ遊びの枠を出ていなかった。

左 サーフィンを始めたごろ 右 武岡功と

卒業後、就職で愛知へ引っ越した。当初は野球をやっていたが、退部のあと1年間ブラブラしていたところ、サーフキャリアに積んだサーフボードを見かけ、再びやってみたい衝動に駆られた。スポーツ店で購入し、毎日サーフィンに明け暮れていた。ときは20歳であった。湘南から戻ったばかりの大沢さんと出会い、4名で名古屋サイレントを創立した。
サイレント大会、ローカル大会に数えきれないほど、エントリーしたが、思い出深い大会はトヨタカップスペシャルクラス優勝とキーパーカップスペシャルクラス2位だった。

左 初めて大会にエントリーしたごろ 右 宮崎へ引っ越す前の仲間たちと

忘れられない波は33歳のとき、初めてバリ島へ行った時のこと。潮が引いたサヌールポイントに入った。頭以上の波から底のリーフにぶつかり、背中がひどく切れ、血がたくさん出てしまった。とても痛くて、ビビリと恐怖が一気に出てきた。

33歳とき、初めてのバリ島トリップ

サーフィンは見た目簡単そうに見えるが、地上と海のバランス感覚が違っているから難しいと実感した。スポーツの中では難易度が高いけど、挑戦しがいがあるので、面白いじゃないかと思う。

次回はいつもイジメてくれるが、不思議とケンカしたことはなかった、弟子の岡本高槻さんです。